No.42「凍結」


異常な寒さだった。
雪こそ降っていないが、吸い込む息は刺すように冷たく、肺も痛くなりそうだ。
よほどの用事がない限りは家にいたほうがいい、そんな気候だった。

暖房の効いた室内に置かれた巨大なケージに詰められているのは、
モチモチプルプル肌に自信のあるコラーゲンたぬき達。
肌に良いものを中心に栄養もしっかり摂れているので、体毛はモコモコの耳当てやマフラー状に変化し、服も分厚くなっている冬服たぬきでもある。
この冬に向けて準備をさせてきた。
「あったかいし…ぽかぽかし…」
「これだけもこもこしてたらこの冬は越せるし…」
「モチモチし…プルプルし…」
「よしよし…チビもプルプルでかわいいし…」
「ｷｭｳﾝ♪ｷｭーｷｭー♪」
とそれぞれ大いに喜んでいたが、願いは叶いそうにない。
かわいそうだが、この寒さの中たぬきを置いていたらどうなるかを見てみたくなってしまったからだ。
雪が積もっていたらたぬきを雪でコーティングして雪たぬきを作ろうと思ったのだが、残念ながら風が冷たいだけだが、果たしてどうなるのだろう。


「おそとさむそうだし…」
「出たくないし…」
「ぬくぬくするし…」
「チビ…だいじょぶし…ぎゅってしてモチモチしてやるし…」
「ｷｭ…ｷｭｳｳ…」
ケージの前には透明度の高いガラス戸があり、分厚い雲に覆われて陽の刺さない庭の様子がよく見えた。
庭の周りは高い壁に覆われているので、風がびゅうびゅう吹いて落ち葉が舞い踊る様子しか見えないが、風の強さはたぬき達にも察せられたようだった。
完全防備に身を包んだ人間は、無作為に1匹を選んでケージからつまみ出し、そのまま外に立たせる。
「何するし…離してし…」
手袋越しにつままれた際にたぬきは嫌がってジタバタしていたが、一度降ろされてしまうと自分の身長ではどうあっても縁側から室内に上がれない事を理解してションボリする。
「たぬきだって冬服だし…へっちゃらだし…」
もこもこに膨らんだ冬服に守護られているので、危険はないと踏んでいるらしい浅はかな発言だった。
残念だが、たぬき程度の毛皮で耐えられるのはせいぜい5〜6度ぐらいなので、
空気中の水分が凝固し始める0度以下では耐えられない。
バケツに溜めておいた水も外に置いていると表面に薄氷を張り始めている。
バケツをひっくり返し、無言で震えている冬服たぬきの頭から中の水を全て被せてやった。
冬服たぬきは驚いてしっぽが反射的にぴん！と立つ。
「しっぽも濡れたし…」
びしょびしょになった冬服たぬきがいつも通りションボリしていられたのは、10秒ほどの短い時間だった。
「…し！？」
濡れた身体を容赦なく冷やす強烈な風が吹き抜ける。
冬服たぬきといえど、一気に体温を奪われては何の意味もなさない。
その場でブルブルと高速振動しても一向に体温は上がらないため、後ろに倒れ込んでジタバタし始める。
体表の水分が凍りついて関節の動きを止めると、冬服たぬきのジタバタは次第にスローモーションになっていきーーーやがて動きを止め倒れ込んだ。
ションボリした表情のまま、冬服から露出した顔色は青紫になり凍死した事が窺えた。


「え…動かなくなっちゃったし…？」
「冬服なのに死んだし…！？」
「やだし…たぬき冬服になれたんだし…」
「モチモチのお肌カチカチになるのやだし…」
「ｷｭ…ｷﾞｭｷﾞｭ…」
1匹きりで外に出された仲間の様子を不安げに見守っていた冬服たぬき達が騒ぎ出す。
コラーゲンたぬきでもあるので、暖かな服に包まれたプルプルのお肌が揺れる。
この冬を越えられそうだと和気藹々と過ごしていたはずのたぬき達にとっては予想していなかった仲間の死に方を見せつけられ、室内の冬服たぬき達は各々の目尻に涙を浮かべ始めた。


人間は何の躊躇いもなく、手間をかけた冬服たぬき達を1匹ずつ連れ出していった。
「びゅゔゔゔゔっじ！ざむいじぃいいい！」
時間が経ってさらに気温が下がったので、“へっちゃらだし”とはいかないようだ。
その度にバケツに溜めた水をぶっかけるのも忘れない。
「じぬじぬじぬぅじぃ！」
下手に倒れ込んでジタバタしようものなら貼り付いて動けなくなるのは前のたぬきの末路でわかっているので、小刻みに震えて地団駄を踏みながら両手をバタバタさせるたぬき。
しかし努力も虚しく、凍りついた足裏は霜が張り始めた地面にくっついて、足を上げた際に皮膚が剥がれてしまう。
「え…し…たぬきの足…どうなってるし…？」
あたたかな血液が噴き出すが、それもまたすぐに凍りつき、断面から凍った足でへたくそなステップを踏み続ける。
「いたくないし…さむくないし…？」
痛みも寒さによってわからなくなり、強烈な眠気に襲われた冬服たぬきは、やがて意識を失う。
血の気の引いた顔の凍結たぬきがまた1匹増えた。


「いやだし…あんなふうになりたくないし…」
「うどんダンス全部踊れたら戻してあげるよー」
「ほんとし…？」
次のたぬきはうどんダンスが得意(自己申告)だったので締め出す前に提案し、たぬきの本気を見せてもらう事にした。

「きっづっさむ！さむーし！」
踊りだしから失敗した冬服たぬきはブルッと体を震わせたかと思うとそのまま足を滑らせ転び、動けなくなってしまう。
「だ…ぬ…」
横たわって青くなった冬服たぬきは歌詞の続きも言えなくなり、少しずつ震えが弱まっていく。
もうちょっと頑張ってほしかったなーーーと眺めていて、閃いた。
そうだ。寒さの表現として水に濡らしたタオルを振り回して凍らせるのをニュースで見たことがある。
このまま水をぶっかけて放置するより少し違った形で遊んでみよう。

ーーーそういえばたぬき伸ばすのって、どうやるんだっけ。
人間は今まできちんと考えたことのない方法について、やはりあまり考えないまま実行し始めた。
麺棒とか、ローラーになるようなものがあればいいんだけど。
まあいいか、たぬきだし。
適当でも。
まずは四肢を伸ばそう。
収縮しきっていた右腕がぐいぐいと引っ張られーーーもげた。
「じっ…！？」
身動きの取れない冬服たぬきは信じられないものを見る目でちぎれた腕の行方を追う。
ぽいっと捨てられた右手が、冷たい地面に転がる。
「あちゃ…引っ張ったら駄目かぁ」
「だぬぎの…て…がえ…じ…ぬぅ゛！？」
必死に声を搾り出すたぬきの胴体を左手で押さえつけたまま、人間は体重をかけた右手を残る手足に滑らせ、ぺらぺらに伸ばしていく。
あちこちにひび割れの入った凧のような姿にされ、平べったぬきが呻く。
「…じ…じぃ…」
「この状態でも生きてるんだ…」
今度の冬は群れの1匹だけをペラペラに伸ばしてたぬき絨毯にして、その上だけを捕獲したたぬきの生活スペースにしてみようか、などと無駄な思いつきをしてしまう。
バケツの水をまんべんなくかけ、少し置いてみる。
「……じ…」
冷水を浴びた瞬間に一度だけぶるると震えた平べったぬきが弱々しく声を上げる。

濡れた平べったぬきの両足だった部分を掴んでばっさばっさと上下させてみる。
最初は飛沫が地面に散っていたが、滴っていた水分は次第に風を受けるペラペラのたぬきの身体を凝固させていった。
「じぃぃいいい！？」
残る生命の全てを搾り出すような叫びをあげて、
「や…め…」
言い終える前に凍りついた平べったぬきは、今度こそ完全に動かなくなった。
カチカチになった身体は最早はためく事もなく、やや波打ったトタン板のようだった。
「やっぱり凍っちゃうんだなー」
用済みのたぬき板をぽいっと放り捨てると、斜めに線を走らせて、そこからぱっくり割れてしまった。


時間が経って日も暮れかかってくると、ますます気温は下がっていく。
「…みんな…し…キュウゥ…」
次々と凍てついていく仲間達の末路に室内で気を失った冬服たぬきそのまま取り出し、水をかけて外に放置する。
両手でお腹を抱え込み横たわったまま、しっぽと共に足をピンと伸ばした姿勢は、なんだか持ちやすそうな形状に見える。
そういえば、寒さを表現するのに凍ったバナナで釘を打つなんてあったなと思い出しながら、
モチモチ加減を失いすっかりカチコチになっているたぬきをハンマー代わりにして釘を打つ。
コンコンコン。
「おっ、たぬきでも釘が打てるぞ」
コンコンコン。
ぐしゃ。
こめかみに釘がめり込み、どろっとした血がこぼれ出すがそれも次第に凍ってしまう。
まだ冷えが甘かったようで、表面がカチカチなだけで芯まで凍ってはいないようだ。
「もう、たぬきのともだちにひどいことしないでしぃぃ！」
その様子を見届けるしかなかった冬服たぬきの1匹が耐えきれず悲鳴をあげる。
我が身かわいさに命乞いのダンスをしたり
ダヌったりしないのがいい。
命が尊い事を知っている。
こういうやつは最後に回した方が楽しそうだ。


地団駄を踏んで足をボロボロにして凍った凍結たぬきで最初の凍結たぬきを打ちつけてみると、こちらは時間の経過で奥まで凍ったのか、ぶつかる度に衝撃でたぬきの頭や腕が互いに削れていった。
リズミカルに叩いてみると、青白い肌や赤いソルベのような中身が露出してどんどん小さくなっていく。
ハンマーたぬきと打ちつけられた凍結たぬきの頭が互いに半分ほど崩れたところで放り捨てる。
「やめでしぃぃいいい！」
やはり、その惨劇を眺めるしかない残された冬服たぬきがいい声をあげてくれた。


そろそろ残りたぬきも少なくなってきた。
これまでの大人達のひどい末路を見守り続け、
涙と鼻水でぐちょぐちょの汚い顔をした冬服チビの首根っこを掴んだまま極寒の中でぶらぶらさせる。
漏らした黄色い尿がほんのり湯気を立てながら大地に落下して染みを作る。
「ﾁﾞ…！？」
恐怖のあまり失禁したものの、叫び声を上げることは叶わなかった。
まず鼻水が凍り、次に呼吸しようとしたへの字口にも鼻水が垂れていたのでそちらも凍りつき、息ができなくなる。
一瞬顔を赤くして苦しげにジタバタと手足を振り回していたが、やはり健闘虚しく青紫の顔色になって活動を止めてしまった。
尿を垂らしていたしっぽもカチカチに凍り、黄色く染まったしっぽはつららのようだった。


「ちびぃぃいいい！」
暖かい部屋の中で、みんなでかわいがって世話をしていたチビが凍死してしまった。
最初に喋る言葉を誰が聞くかで競い合っていた仲間も、もういない。
「みんな…みんな死んじゃったし…？」
現実を受け入れられない冬服たぬきは、自分の番が来てしまったことに気がつかなかった。
ションボリしたまま何の抵抗もなく連れ出され、庭に置かれる。
強い風が吹き、冬服たぬきはぶるるっと身を震わせた。
「…さむいし…ねむいし…だれかモチモチさせてし…」
白い吐息と共に呼びかけながら、横たわる仲間たちの凍死体を触れて回るが、すでにカチカチになってしまっていて、何の反応も得られない。
「たぬきも…みんなの所にいくし…」
粉々になった仲間達の破片に囲まれながら、冬服たぬきはひっそりと活動を止めた。


余ったやつはそのまま冷凍保存して、夏に解凍するか。
多分チビと最後のやつは凍っただけで、生きているはずだ。
だからリポップして何処かに逃れる事も、仲間との再会も出来ない。かわいそう…。


冬服たぬきは、春の訪れと共に少しずつ余分な毛が抜け落ち、冬眠中に脂肪を消費して元のたぬきに戻っていくので夏にこの状態でいれば順応できずに死んでしまうだろう。
自然の上ではあり得ない現象も、文明の利器があれば実現可能だった。
コールドスリープが解けてジタバタと熱中症にかかる様を見届けるようと、人間は五体満足な凍結たぬき達を回収した。


ーーーこのまま風呂に入れたり、お湯をかければ復活しそうな気もする。
首だけ復活させるのもいいかも、血液が巡らずにすぐ死んじゃいそうだけど。
と思いながらも、それは来年の夏に取っておく事に決めたのだった。


しかしこのたぬき達が自我も失われたまま大型冷凍庫に放り込まれた事はすっかり忘れ去られ、次の年末の大掃除で中で張り付いた霜ごと剥がされてうっかりで粉砕されるのは、また別の話。

オワリ
